2024/06/30漆を縮ませない考察③

ここまで漆の性質と、盛り上げを縮ませないためにここまでやってみた対策を書いてきました。具体的には空ムロや焼き漆を使って、盛り上げ表面の乾燥速度を遅くする対策でしたが、完成とまでは言えない対策でした。

何度もグルグルグルグルと漆を盛上げた時の縮みについて考え、ここまでまだ試していないアプローチがあることが分かりました。
ここまでやってきた対策は表面の硬化速度にだけ注目していましたが、内部の方も着目しないといけないのではないか?乾燥速度と収縮が表面と内部で「差」があるからではないか?と考えました。例えば実際にはありえないですが、「内部の漆の乾燥速度を表面以上に速くする」や「収縮しない漆」みたいなものが実現できれば縮まないわけですね。漆ではありませんが、二液性のエポキシ樹脂がまさにこの性質で、二液を混合することで硬化するため表面と内部に差が生まれず、樹脂の構造上収縮もなく縮まないのです。さすがに絶対値的に表面より内部が早く乾く漆は実現できませんが、相対的に早くして「差」を縮めることはできるかもしれません。

収縮しない漆は冗談として、相対的に差を縮める作戦としてまずは空ムロを見直してみることにしました。これまで使っていた空ムロは「湿度を上げない」空ムロでしたが、「湿度を下げた」空ムロをやってみることにしました。原理は単純で、箱の底にシリカゲルを敷いて上に桟を敷いて駒を乾かす方法で、これならカラッカラに乾燥した超空ムロにできます。これで外気に影響されるリスクは減り、表面の硬化速度をぐっと遅くすることはできました。ただこの超空ムロだけだとこれまでやってきた対策と大差ありません。焼き漆作戦と、やり方は違えど中身は同じになります。

大事なのは「差」を縮めることなので、もう一つ行ったのが「活性の良い漆を使う」ことでした。漆にも、年や時期、産地、漆屋さんごとの好みに合わせた調合などで、乾燥速度に違いがあり、例えばものすごく早く乾くものもあれば、比較的ゆっくり乾くもの、ちゃんと湿度をかけてやらないと拗ねてしまう漆など色々あります。つまり漆によっては盛り上げ内部や空ムロでもそこそこ反応してくれる漆もあるわけで、それをうまく利用できれば表面が超空ムロでじっくり硬化している間に、内部の漆も自力でそこそこ硬化してくれて、表面と内部の差を埋めることができるかもしれないと考えました。漆については具体的にどこどこ漆店の何々がいいとかは難しくて、自分で何種類も黒呂色漆を試して場合によっては調合などもしていい塩梅のものを探しました。もちろん艶の程度なども見ないといけないので、乾燥速度だけに囚われてもいけません。

非常に難儀な研究ではあるのですが、数年前にやっと縮みや艶感などが比較的安定する漆と作業工程が今のレベルとして固まった感じがあります。ちなみに漆は同じ漆でも、早く乾燥させると艶消しで且つ色が濃くなり、ゆっくり乾燥させると艶が出て色が濃くなりにくい性質があります。空ムロから湿ムロに移すタイミング、湿ムロのコンディションなどこちらの勘が勝負を握る部分も多く、また実際の所は盛り上げの技術面もまだ酷いというとこれまでお求めくださった方々に失礼かもしれませんが、まだまだ特訓と研究の余地があると思います。

今回の話では盛り上げ、漆、ムロをキーワードに漆の硬化原理と縮ませないようにするための対策を考察してみました。実際には作業者の勘や盛り上げの技術面といった不確定要素も残されてはいますが、一応この考察は今回の③をもって最終としたいと思います。
ありがとうございました。