2024/06/20漆を縮ませない考察②

さて、前回は漆の硬化原理と、盛上げ駒に縮みが出てしまう典型パターンを書きました。

今一度、要点を整理すると、
・漆はラッカーゼという酵素の協力で酸素と結びついて硬化する
・ラッカーゼの効果が無くても硬化はするが、反応はかなり遅くなる
・ラッカーゼの活性環境は25℃・70%
・漆は硬化する際に縮む
・表面がまず硬化、内部が遅れて硬化、表面硬化時より体積が収縮するため縮みに繋がる

まず私が最初に盛上げ駒を試した時にやったことは「奇跡に期待する」でした。つまり何の対策もせずただムロに入れるだけです。それでもいくらかは成功するんですね。ただ非常に不安定ですし、あまり良い仕上がりとも言えませんでした。まあ当たり前ですね。。。

ところで漆のプロは塗り物を硬化させる際にどうしているのでしょうか?
実はここに重要なヒントがありました。漆のプロの方は「空ムロ(からむろ)」と「湿ムロ(しめむろ)」の2つを用意していて、塗りあがるとまず「空ムロ」に投入します。この空ムロとは、湿度を上げていないムロのことです。そこで一晩置いてから「湿ムロ」に投入して芯まで硬化させることをします。実はこれは縮み対策そのものになります。

どうしてこれが縮み対策になるのか?ですが、冒頭の要点で出てきたラッカーゼの活性環境と関連します。「空ムロ」は湿度を上げていないムロなので、具体的な湿度は分かりませんが例えば40~50%ほどとすると、ラッカーゼの活性は最適環境に比べると弱くなります。それでどうなるかというと、表面の硬化がゆっくりになります。そのことで内部が硬化・収縮しても縮みにくいという理屈になります。

早速、空ムロを採用しますがこれも中々難しいんです。空ムロと言っても「湿度を上げない」ムロなので、雨などで勝手に湿度が上がることもあって、急な夕立で昼間に盛り上げたものが全滅なんてこともありました。

次にやってみたことは「漆の硬化を遅くする」ことでした。具体的には「焼き漆」というものを利用して漆の硬化時間を延ばすという対策です。焼き漆とは漆を一定温度まで加熱することで、酵素であるラッカーゼの活性を無くしてしまった漆で、ラッカーゼの効果が無い分乾燥がとても遅い漆になります。皆さんも中学校の理科の実験で唾液に含まれるアミラーゼを加熱すると、酵素の活性が無くなってデンプンが分解されなくなるという実験をしたことがあるかと思います。それと同様のことですね。

焼き漆は単体ではほぼ硬化できないため、普通の漆と混ぜて使います。焼き漆を使った方法はどうだったかと言えば、当時の結果としてはあまり芳しいものではありませんでした。狙いとしては盛り上げ表面の硬化を遅らせることで縮みが無くなると読んだのですが、意外にも「時間をかけて縮んだ」んですね。また盛上げ表面を含め硬化時間が非常に長くかかるため管理が大変で、確認のために持ち上げたりした際にまだ漆がべたついていて埃がついてしまったり、低レベルですが、触ったり落としたりするミスも生まれやすく、あまり実戦的という結果にはなりませんでした。ただもちろんまだまだ研究課題ではありますが。

焼き漆で行き詰った時は結構困りました。空ムロ+焼き漆で盛り上げ表面の硬化を遅らせるというアプローチは合っているはず。それでも縮んでしまうのでどうすればよいのか?

長くなりましたので、また次回に。

2024/06/10漆を縮ませない考察①

駒づくり、特に盛上げ駒製作において最もネックになるのが、「漆の縮み問題」ではないかと思います。盛上げは伝統工芸の知り合いの人からも結構驚かれる技術でして、漆にしてはかなりの高さに、重ね塗りではなく1回で盛って、それをさらに縮ませずに硬化させるということは中々のスゴ技のようです。

私は盛上げの製作数はほんの数作で偉そうなことは言えません。が、学生の頃から一通り失敗はしてきたと思うので、その失敗の考察と、盛り上げにおいて漆を縮ませないようにするための思考をまとめてみようと思います。

まず、なぜ盛上げの漆は縮むのかについて考えておかねばなりません。
漆の硬化原理については、下記の通りです。

空気中の水蒸気が持つ酸素を用い、生漆に含まれる酵素(ラッカーゼ)の触媒作用によって常温で重合する酵素酸化、および空気中の酸素による自動酸化により硬化する。(Wikipediaより)

難しいことが書いていますが簡単なイメージをすると、もとはバラバラだったウルシオールが、「ウルシオール+酸素+ウルシオール+酸素+….」と連鎖してくっついていく化学反応で、ラッカーゼは仲人のような存在。ちなみに仲人のラッカーゼがいなくてもウルシオールと酸素はくっつくことができますが、ウルシオールはちょっと反応が遅く、自力でくっつくには時間がかかります。

漆は乾燥(硬化)させる際はムロと呼ばれる箱に入れて硬化させますが、ムロは時期によっては加温・加湿し、25℃・70%ほどに管理します。この25℃・70%の環境、実はラッカーゼが活性化するのための環境です。自力では反応が鈍い漆を、早く・確実に硬化させるためにラッカーゼの力を借ります。

ただ盛り上げにおいては注意が必要で、対策無しにムロに入れてしまうと、まず盛上げの表面近くのラッカーゼが活性化し漆を硬化させます。しかし中の方はまだドロドロのままです。ここが問題で、この中の方の漆は表面に膜が張ってしまったために酸素の供給が足りずに内部の化学反応が遅れます。最終的にはゆっくりですが硬化はします。ですが中の漆が硬化する際に体積が減少し、最初に硬化した表面近くと歪みが生まれて表面にしわが寄ったり、ひどい時には真ん中がボコンと凹んでしまいます。これが盛り上げにおける縮みの発生原理です。

では、どうするか。長くなりましたので、また次回に。

2024/05/30お互い様

世の中のごく一般のことでふと思うのですが、「見積り」や「商談」はほとんどのケースで無料だと思いますが、見積りするにも取引先に問い合わせたり内部で調整したり、様々に事務作業が積み重なってやっと見積りが出せますよね。その上で、無事に商談が成立すれば、その見積りや商談にかかった費用は回収することが叶いますが、もし商談が成立しなかった場合は、作業分は損失になってしまいます。で、その分はどこで取り返すかとなれば、別の商談が成立した事業に上乗せして取り返すしかないわけですよね。。。ということは、成立した事業の費用には成立に至らなかった事業のあれやこれやも少なからず取り込まれているということで、見積り無料の代償を誰かが払っているんですよね。

社会の常識なんだと思いますし、かくいう自分も見積り無料の恩恵を受けまくっているわけで、そのあたりは社会全体でお互い様のことなんだと頭では分かっていても、何だか「それでいいんだろうか?」と思ってしまう自分もいます。

これは私の経験談で、前職でのことになりますが、「なんであなたたちの仕事はそんなに高いのか」と説明を求められたことがあって、あれやこれやと説明はして、その相手は求めてもいないアドバイスをまた長々を話していかれたのですが、それはそれでいいとして、「そこに付き合った費用分、だれかの仕事が高くなっちゃうな」とは思っていただけないんですね。
でもこれ「自分もしかり」すぎて鏡に向かっては言えないんですが・・・。やっぱりお互い様なんですね。

2024/05/20花の季節

今日は仕事の話でははく、花の話です。
私の趣味の山野草栽培、2月に植え替えましたというブログも書きましたが、4~6月は花の最盛期です。

ここ数日で咲いたのは、ニホントキソウ、ホタルブクロ、カキツバタ、クレマチス、写真にはありませんがアヤメ、クリンソウなんかも咲いていて、そろそろアジサイも始まってきそうです。
2年ほど前からはクレマチスにも手を出していて、オダマキ、フクジュソウ、ラナンキュラスも今年育ててみていて、どうやらキンポウゲ科が私は楽しいみたいです。

工芸会の知り合いと話していると案外と同じような趣味をしている人も多く、山野草や蘭、メダカ、観葉植物のうちどれかは工芸家はやりがちなようです。年下の若手ではビカクシダやアガベに没頭する人もおり、どこか同じような遺伝構造をしているのかもしれないと密かに思っています。

2024/05/10習ったことがない

新年度になり、専門学校の仕事は今年は1年生も教えています。
木工専攻に入った1年生はまずとにかく研ぐことから教わります。しかも裏押しという刃の裏を真っ平らに研ぐ作業からです。これが実に地味な作業で1年生には辛かろうと思いますが、重要なことなので辛抱強く手取り足取り教えるようにしています。刃物に触れることがないと、斜めに研がれた”シノギ”と言われる面の方しか研がないのではないかと思われるかもしれませんが、実は刃の裏が非常に重要で、刃の裏を正確に仕込むことで刃物を使いこなすことができます。

などと偉そうなことを言っていますが、私は裏押しという作業を習ったことはありません。と言いますのも、私が在学していた当時の先生は伝統工芸士の職人の先生で、特にひとつひとつを手取り足取り教えてくれるわけではなく、研ぎに関してはただ一言「切れん」しか言ってくれない先生でした。なぜ「切れない」刃と判断されたのか、どうしたら「切れる」のか、ついに教えてもらった記憶はありません。なんだかんだ細かいポイントや技術は、先輩や刃物オタクの同期に教えてもらったり、あとは自分でコツを掴んだりして身につけました。

これはどっちが良いのか、難しいですよね。「技は盗め」と言いますが、習えることをわざわざ盗むのは遠回りなんですね。だけれども、習っても自分で実践したりつまづきながらポイントを見つけていないと真に理解していないこともありますし、さらに言えば、自力でなんとか1周回った頃合いで習うとものすごく良く解る事柄もあったりします。

3,4年生の実習には大ベテランの先生がおられて、その先生に「住谷君、あんまり細かく教えるな。(学生が)分かった気になる」と時々注意されます。

そういえば、教え方も習ったことがありませんでした。