2021/04/05趣味の話(山野草栽培)

私は木工職人と将棋駒づくりを生業とさせていただいておりますが、いずれもかつては趣味から始まりいつのまにか仕事になっていました。趣味が仕事になったので、趣味の席が空いてしまいました。そんな折、新しい趣味になったのは山野草の栽培でした。

 山野草の栽培が趣味になったのは自分でも意外でした。どちらかと言えば水やりが苦手で、子供のころからすぐ植物を枯らすタイプだったからです。
ところが縁というのは不思議なもので、前職の会社の隣に住んでいたおじいさんが京都山野草の会の会長だったのです。おじいさんは季節の花を自分の家の前と会社前のちょっとしたスペースに厚意で飾ってくれていました。しかし当初はほとんど気に留めず過ごしていて、「ああ今日は紫の花が飾ってあるなあ」と前を通り過ぎるくらいでした。
そんな町内では花の苗を隣近所に配布して町内を花で彩るという取り組みが行われていて、会社にも定期的に花の苗が配布されましたが、私を含め当時の社員は誰も水やりせず、あっという間に枯らしてしまい、隣のおじいさんに苦言を呈される始末でした。

その後、会社にも色々あって仲間が年々退職していってついに私と社長の二人っきりになってしまいました。二人でも意外と平気でしたが、そこに至るまでに色々あり、心が疲れていたのだと思います。
その年から私は毎朝水やりをするようになったんです。当たり前のことですが、水やりをすると植物はみるみる大きくなって、立派に花を咲かせて、そして花も長持ちするんです。
「ああ、自分はこの植物の役に立っているなあ」と感じる瞬間は当時の自分にとっては自分の存在価値を確認できる瞬間でもありました。

そうやって毎日水をやってお花が元気にしていると、お隣のおじいさんも嬉しかったのでしょう、色んな山野草の株を分けてくれるようになりました。サクラソウやホトトギス、クリンソウ・・・その辺のホームセンターでは見かけないちょこっとマニアックな種類の山野草です。
水やりするとやはり元気に花が咲きます。ところが自分が楽しいからと水やりをしすぎると今度は根腐れしてしまいました。そこで翌年は用土に軽石を混ぜて水はけを調整したり、穴の大きな鉢にするなど工夫してみました。また水やりも休みが必要だと分かりました。

いつのまにか会社の前は植木鉢がずらーと並んでいましたが、社長に何か言われることもありませんでした。花がきれいに咲いているとあまりお付き合いの無かったご近所さんも話しかけてくれたりと良い事もありました。花の世話で仕事をサボっていたわけではないですが、今思い返せば息抜きさせてくれていたのかもしれません。

そんな山野草栽培の趣味は独立した今も続いていて、数えていませんが100鉢くらいはあるかもしれません。
数は多いですが、山野草にハマった経緯もあってか、どこか縁のあるものがほとんどです。おじいさんにもらったサクラソウは毎年倍々で増え、クリンソウ、ホトトギス、イカリソウ、ユキザサも細々と維持しつつ、工房の横手に生えていたアジサイや紫式部を挿し木して鉢で育てたり、実家のアヤメを実生から咲かせたり、知り合いの陶芸家に花蓮を株分けしてもらったり、花を見ると人や土地を思い出す、そんな鉢が私の工房の前には並んでいます。