2024/07/20制作中

現在は彫り埋め駒の依頼品を2組まとめて制作中です。

ほとんどの作業は2組同時進行しても、作業時間が2倍になるだけですが、彫り埋めに用いるサビ漆の工程はむしろ1組分だけ作るよりは2,3組分一気に作った方が練る作業も1回で済みますし、原料も歩留まりがよい感じがするので彫り埋めや盛り上げが連続する時にはまとめるようにしています。

今回は清安と奥野錦旗です。いずれもそれぞれのご依頼主様こだわりの造りになっています。細かい仕様は割愛しますが、どちらも木地から制作しました。

清安の方は木地のサイズがいわゆる大振りサイズよりさらに大きいサイズになっており、彫る際は治具ギリギリでした。

左が清安の王将(裏)と歩、右が奥野錦旗です。奥野錦旗は普通サイズですが、左の特別仕様の駒と並ぶと王将サイズが金か桂馬くらいに見えてしまいます。

いずれも彫りあがりましたので、これから目止めを施し、サビで埋める工程に入ります。

2024/07/10駒台制作

 桑の四本脚の駒台を制作しています。先月までに木地の仕事は終え、現在は拭き漆の工程に入っています。ここしばらくは定期の職人仕事の関係で作業は一旦休止中ですが、1,2か月中には完成させたいところです。

昨今は駒箱も色々と多様化しているようで、ヤフオクなどでも色々なタイプがあります。駒台はやはり四本脚と一本脚のオーソドックスなタイプが主流のようですね。何か面白いデザインは無いか考えてみたこともありますが、如何せん時間がないことと、駒や駒箱と違って盤の高さとセットになるので在庫してもしょうがないという性質から何もなしに作るというのはできないんですね。

こちら仮組です。ほぞは挿し切っていませんので本来の姿ではありません。

幕板という部分はよく見られるのは禅寺の火灯窓を模したような形が多いですが、今回の駒台は依頼者のリクエストで少し凝ったデザインにしてみました。あまり飛躍してもと思い、伝統的な意匠をベースに構成しました。

どんな風に仕上がるか、私も楽しみにしています。

2024/06/30漆を縮ませない考察③

ここまで漆の性質と、盛り上げを縮ませないためにここまでやってみた対策を書いてきました。具体的には空ムロや焼き漆を使って、盛り上げ表面の乾燥速度を遅くする対策でしたが、完成とまでは言えない対策でした。

何度もグルグルグルグルと漆を盛上げた時の縮みについて考え、ここまでまだ試していないアプローチがあることが分かりました。
ここまでやってきた対策は表面の硬化速度にだけ注目していましたが、内部の方も着目しないといけないのではないか?乾燥速度と収縮が表面と内部で「差」があるからではないか?と考えました。例えば実際にはありえないですが、「内部の漆の乾燥速度を表面以上に速くする」や「収縮しない漆」みたいなものが実現できれば縮まないわけですね。漆ではありませんが、二液性のエポキシ樹脂がまさにこの性質で、二液を混合することで硬化するため表面と内部に差が生まれず、樹脂の構造上収縮もなく縮まないのです。さすがに絶対値的に表面より内部が早く乾く漆は実現できませんが、相対的に早くして「差」を縮めることはできるかもしれません。

収縮しない漆は冗談として、相対的に差を縮める作戦としてまずは空ムロを見直してみることにしました。これまで使っていた空ムロは「湿度を上げない」空ムロでしたが、「湿度を下げた」空ムロをやってみることにしました。原理は単純で、箱の底にシリカゲルを敷いて上に桟を敷いて駒を乾かす方法で、これならカラッカラに乾燥した超空ムロにできます。これで外気に影響されるリスクは減り、表面の硬化速度をぐっと遅くすることはできました。ただこの超空ムロだけだとこれまでやってきた対策と大差ありません。焼き漆作戦と、やり方は違えど中身は同じになります。

大事なのは「差」を縮めることなので、もう一つ行ったのが「活性の良い漆を使う」ことでした。漆にも、年や時期、産地、漆屋さんごとの好みに合わせた調合などで、乾燥速度に違いがあり、例えばものすごく早く乾くものもあれば、比較的ゆっくり乾くもの、ちゃんと湿度をかけてやらないと拗ねてしまう漆など色々あります。つまり漆によっては盛り上げ内部や空ムロでもそこそこ反応してくれる漆もあるわけで、それをうまく利用できれば表面が超空ムロでじっくり硬化している間に、内部の漆も自力でそこそこ硬化してくれて、表面と内部の差を埋めることができるかもしれないと考えました。漆については具体的にどこどこ漆店の何々がいいとかは難しくて、自分で何種類も黒呂色漆を試して場合によっては調合などもしていい塩梅のものを探しました。もちろん艶の程度なども見ないといけないので、乾燥速度だけに囚われてもいけません。

非常に難儀な研究ではあるのですが、数年前にやっと縮みや艶感などが比較的安定する漆と作業工程が今のレベルとして固まった感じがあります。ちなみに漆は同じ漆でも、早く乾燥させると艶消しで且つ色が濃くなり、ゆっくり乾燥させると艶が出て色が濃くなりにくい性質があります。空ムロから湿ムロに移すタイミング、湿ムロのコンディションなどこちらの勘が勝負を握る部分も多く、また実際の所は盛り上げの技術面もまだ酷いというとこれまでお求めくださった方々に失礼かもしれませんが、まだまだ特訓と研究の余地があると思います。

今回の話では盛り上げ、漆、ムロをキーワードに漆の硬化原理と縮ませないようにするための対策を考察してみました。実際には作業者の勘や盛り上げの技術面といった不確定要素も残されてはいますが、一応この考察は今回の③をもって最終としたいと思います。
ありがとうございました。

2024/06/20漆を縮ませない考察②

さて、前回は漆の硬化原理と、盛上げ駒に縮みが出てしまう典型パターンを書きました。

今一度、要点を整理すると、
・漆はラッカーゼという酵素の協力で酸素と結びついて硬化する
・ラッカーゼの効果が無くても硬化はするが、反応はかなり遅くなる
・ラッカーゼの活性環境は25℃・70%
・漆は硬化する際に縮む
・表面がまず硬化、内部が遅れて硬化、表面硬化時より体積が収縮するため縮みに繋がる

まず私が最初に盛上げ駒を試した時にやったことは「奇跡に期待する」でした。つまり何の対策もせずただムロに入れるだけです。それでもいくらかは成功するんですね。ただ非常に不安定ですし、あまり良い仕上がりとも言えませんでした。まあ当たり前ですね。。。

ところで漆のプロは塗り物を硬化させる際にどうしているのでしょうか?
実はここに重要なヒントがありました。漆のプロの方は「空ムロ(からむろ)」と「湿ムロ(しめむろ)」の2つを用意していて、塗りあがるとまず「空ムロ」に投入します。この空ムロとは、湿度を上げていないムロのことです。そこで一晩置いてから「湿ムロ」に投入して芯まで硬化させることをします。実はこれは縮み対策そのものになります。

どうしてこれが縮み対策になるのか?ですが、冒頭の要点で出てきたラッカーゼの活性環境と関連します。「空ムロ」は湿度を上げていないムロなので、具体的な湿度は分かりませんが例えば40~50%ほどとすると、ラッカーゼの活性は最適環境に比べると弱くなります。それでどうなるかというと、表面の硬化がゆっくりになります。そのことで内部が硬化・収縮しても縮みにくいという理屈になります。

早速、空ムロを採用しますがこれも中々難しいんです。空ムロと言っても「湿度を上げない」ムロなので、雨などで勝手に湿度が上がることもあって、急な夕立で昼間に盛り上げたものが全滅なんてこともありました。

次にやってみたことは「漆の硬化を遅くする」ことでした。具体的には「焼き漆」というものを利用して漆の硬化時間を延ばすという対策です。焼き漆とは漆を一定温度まで加熱することで、酵素であるラッカーゼの活性を無くしてしまった漆で、ラッカーゼの効果が無い分乾燥がとても遅い漆になります。皆さんも中学校の理科の実験で唾液に含まれるアミラーゼを加熱すると、酵素の活性が無くなってデンプンが分解されなくなるという実験をしたことがあるかと思います。それと同様のことですね。

焼き漆は単体ではほぼ硬化できないため、普通の漆と混ぜて使います。焼き漆を使った方法はどうだったかと言えば、当時の結果としてはあまり芳しいものではありませんでした。狙いとしては盛り上げ表面の硬化を遅らせることで縮みが無くなると読んだのですが、意外にも「時間をかけて縮んだ」んですね。また盛上げ表面を含め硬化時間が非常に長くかかるため管理が大変で、確認のために持ち上げたりした際にまだ漆がべたついていて埃がついてしまったり、低レベルですが、触ったり落としたりするミスも生まれやすく、あまり実戦的という結果にはなりませんでした。ただもちろんまだまだ研究課題ではありますが。

焼き漆で行き詰った時は結構困りました。空ムロ+焼き漆で盛り上げ表面の硬化を遅らせるというアプローチは合っているはず。それでも縮んでしまうのでどうすればよいのか?

長くなりましたので、また次回に。

2024/06/10漆を縮ませない考察①

駒づくり、特に盛上げ駒製作において最もネックになるのが、「漆の縮み問題」ではないかと思います。盛上げは伝統工芸の知り合いの人からも結構驚かれる技術でして、漆にしてはかなりの高さに、重ね塗りではなく1回で盛って、それをさらに縮ませずに硬化させるということは中々のスゴ技のようです。

私は盛上げの製作数はほんの数作で偉そうなことは言えません。が、学生の頃から一通り失敗はしてきたと思うので、その失敗の考察と、盛り上げにおいて漆を縮ませないようにするための思考をまとめてみようと思います。

まず、なぜ盛上げの漆は縮むのかについて考えておかねばなりません。
漆の硬化原理については、下記の通りです。

空気中の水蒸気が持つ酸素を用い、生漆に含まれる酵素(ラッカーゼ)の触媒作用によって常温で重合する酵素酸化、および空気中の酸素による自動酸化により硬化する。(Wikipediaより)

難しいことが書いていますが簡単なイメージをすると、もとはバラバラだったウルシオールが、「ウルシオール+酸素+ウルシオール+酸素+….」と連鎖してくっついていく化学反応で、ラッカーゼは仲人のような存在。ちなみに仲人のラッカーゼがいなくてもウルシオールと酸素はくっつくことができますが、ウルシオールはちょっと反応が遅く、自力でくっつくには時間がかかります。

漆は乾燥(硬化)させる際はムロと呼ばれる箱に入れて硬化させますが、ムロは時期によっては加温・加湿し、25℃・70%ほどに管理します。この25℃・70%の環境、実はラッカーゼが活性化するのための環境です。自力では反応が鈍い漆を、早く・確実に硬化させるためにラッカーゼの力を借ります。

ただ盛り上げにおいては注意が必要で、対策無しにムロに入れてしまうと、まず盛上げの表面近くのラッカーゼが活性化し漆を硬化させます。しかし中の方はまだドロドロのままです。ここが問題で、この中の方の漆は表面に膜が張ってしまったために酸素の供給が足りずに内部の化学反応が遅れます。最終的にはゆっくりですが硬化はします。ですが中の漆が硬化する際に体積が減少し、最初に硬化した表面近くと歪みが生まれて表面にしわが寄ったり、ひどい時には真ん中がボコンと凹んでしまいます。これが盛り上げにおける縮みの発生原理です。

では、どうするか。長くなりましたので、また次回に。